大町桂月ゆかりの地


大町桂月先生誕生地

高知市永国寺町に矯風会学生ホームがある。

高知城下町名今昔

 北門筋

 高知城の北門(北の丸高校の西北)から江ノ口川添いに東へのびる町であったことに由来する町名。東の端は高知女子大学の北,大町桂月誕生地近くで袋小路になっていた。現在の北の丸高校用地(元高知県農業学校用地)には家老桐間(加賀野井)家の屋敷があり、周辺には御小姓組、御留守居組などの武士の屋敷が並んでいた。

矯風会学生ホームの前に「大町桂月先生誕生地」の碑があった。


大町桂月(1869−1925)

 本名は芳衛。文学者。美文韻文集の「花紅葉」(合著)と「黄菊白菊」で一躍脚光を浴びた。紀行文・史伝・評論・随筆等の著が多く、旅と酒を愛した。晩年は十和田湖に近い蔦温泉に住み、同地で病没。

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