『三千里』
一色に菊白しきるまじと思ふ
途中小雨もあったが、西馬音内の町に着いた頃けたたましい雷鳴も聞えて本降りの雨になった。実に三旬余の天の賜物である。熱砂焼土の苦に耐えなかった我等もまた蘇生の想いをする。 |
八月十二日。半晴。 予の宿泊する家は、この地の素封家柴田氏の別墅である。特に風景に富むというのではないが、四方田の中にあるので自ら市塵と相隔っておる。家の側に、小菊を寄植にしたのが花壇の中にあって、今花を咲きそめておる。その花が白の一色なので目もさめるようである。毎朝この花の側近の非戸に凭(よ)って冷水磨拭をやる。下りた靄の薄らいだ辺から、日の光が漏れる頃じゃ。 |