河東碧梧桐ゆかりの地


河東静渓住居跡(碧梧桐生誕地)

松山市三番町に河東静渓住居跡(碧梧桐生誕地)がある。


 河東静渓は、俳人碧梧桐の父である。静渓は江戸時代に昌平黌で漢学を学び、帰省後は藩校の明教館の教授となった。また、明治13年(1880年)、この地に私塾千舟学舎を開き、正岡子規ら明治の若者たちを教育した。

 碧梧桐は、明治6年(1873年)2月26日にこの地で生まれた。高浜虚子と並び、子規門の双璧といわれる碧梧桐が俳句を始めたのは中学校のころである。子規と交流を持つようになったのは明治22年(1889年)の夏、ベースボールを教わったことに始まる。

 司馬遼太郎著『坂の上の雲』(文藝春秋刊)では、子規が静渓から漢学や漢詩文を教わったこと、また子規と碧梧桐との交流がいきいきと描かれている。

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