内藤鳴雪の句碑

元日や一系の天子不二の山


松山市道後公園に道後公園がある。

道後公園西入口付近に内藤鳴雪の句碑があった。


元日や一系の天子不二の山

 内藤鳴雪は同人の長男として江戸三田の松山藩邸で生まれる。愛媛学務課長を経て常盤会寄宿舎監督となり、45歳から子規に導かれて俳句を始め、子規派の長老として俳句革新運動を推進、後多くの雑誌、新聞の俳句の選者として後進を指導した。

 この句は新年の代表句として有名。かつての常盤会舎生達が鳴雪の古稀を寿いで大正7年に建てた。

松山市教育委員会

『俳句の里 松山』

この句の碑は青山霊園にもある。

十月七日 当年の常盤会寄宿舎舎生でありし人々、鳴雪墓前に「一
系の天子」の句碑を建てる由 相原熊太郎より申し来りければ

 追慕する人々も皆鬢の霜


内藤鳴雪に戻る