日本100名城


青葉城址

仙台城は日本100名城のひとつ。


仙台城大手門跡


 寛文2年(1661年)8月、西山宗因は仙台にやってきた。

 仙台にいたりつきぬ。太守領じ給ふ所なれば、いふも更也。城郭は岩壁をたたんで雲にそびえ、うしろの山は衆木青みわたりて、所々黄ばみ紅葉したり。前に川有、しら波岸をうつてみなぎり落、たゞには過しがたくて、

   前の守たゞひと目にてみちのくの仙台川やまもり置らむ


 嘉永5年(1852年)3月18日、吉田松陰多賀城から仙台へ。翌19日、青葉城にやってきた。

 談話數次にして、相伴ひて城の前門に至る。廣瀬川城を繞り、前面に板橋を架す。橋内を川内と曰ひ、亦士大夫の第宅多し。


青葉城といったら伊達政宗。

 青葉城址の伊達政宗騎馬像からちょっと離れた所に島崎藤村の詩碑がある。とはいっても、詩碑は昭和11年に建てられたものだそうで、詩碑そのものは読めない。


心のやどのみやぎ野よ 乱れて熱きわが身には
日かげもうすく草かれて 荒れたる野こそうれしけれ
独りさみしきわが耳は 吹く北風を琴ときき
悲しみ深き吾が眼には 色無き石も花とみき

平成19年(2007年)、藤村の詩碑は名掛丁藤村広場に移された。

 明治29年(1896年)9月、島崎藤村は東北学院の英語と作文の教師として仙台に赴任した。『若菜集』は明治30年(1897年)8月に刊行されたが、その詩51篇の半分は仙台で書かれたもの。

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

 有名な「初恋」は『文學界』第46号(1896年10月)に発表されたもの。藤村が仙台に赴任した頃だ。

 昭和6年(1931年)11月、斎藤茂吉は青葉城を訪れている。

この城に吾も一たび來りつとかへりみむ記憶も幽かになりて

『石泉』

 昭和11年(1936年)6月23日、種田山頭火は仙台に着き、翌24日、市内を見物した。

 仙台はよい都会だ。品格のある都会である。市内で郭公が啼き、河鹿が鳴く。

 広瀬川、青葉城。


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