私の旅日記2011年

「嘉右衛門の宿」〜芭蕉の句碑〜
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岡崎市美合町五反田の国道1号「蛍橋」南に「嘉右衛門の宿」の碑がある。


「嘉右衛門の宿 運転者憩の家


昭和37年10月15日 高井嘉右衛門

交通安全「嘉右衛門の宿」

由 来

 嘉右衛門の宿は、昭和36年故高井武さんが国道を走るトラック運転手の交通安全を願い無料休憩所として開設されました。昭和44年に市が寄附を受け運営してきましたが、交通事情の変化と建物の老朽化により、昭和60年に閉鎖しました。その経緯を残すため宿の石碑を移設し高井さんの交通安全によせた心情と功績をしるします。

「嘉右衛門の宿」の碑の後ろに「天然記念物岡崎源氏蛍発生地」の碑がある。



昭和10年12月文部大臣指定

国指定天然記念物

岡崎ゲンジボタル発生地

 岡崎ゲンジボタルは竜泉寺川(生田川)、山綱川地域に多く発生していたので、生田蛍ともいう。農業・工場廃液、周辺の都市化等により、ホタルの発生は著しく衰退しているが、地元保存会によりホタルの養殖・河川の美化活動が行われている。

 現在、ゲンジボタルは「河合地区」に発生し、6月上旬の羽化期には、夕刻8時頃、ホタルが飛び交って真に美しい。ホタルの美しさと共に、ホタルの育つ自然環境を市民の宝として後世に残していきたい。

岡崎市教育委員会

「天然記念物岡崎源氏蛍発生地」の右に芭蕉の句碑があった。



草の葉を落つるより飛ふほたるか南

出典は『いつを昔』

『蕉翁句集』では「元禄三午とし」とする。

 昭和18年(1943年)4月、生田蛍天然記念物指定を記念して荒川同楽が建立。荒川同楽書。

昭和18年は芭蕉の二百五十回忌にあたる。

 荒川同楽は岡崎で医院を開業。子規の門人で、『ホトトギス』の同人。晩年は豊橋にすむ。

昭和32年(1957年)、94歳で没。

以前は国道1号西の旧東海道「たかはし」橋のたもとにあったようだ。

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