一茶ゆかりの地長 野


北国街道上田宿

上田の街を流れる矢出沢川の南側が旧北国街道である。


北国街道


 寛政3年(1791年)4月16日、小林一茶は布引観音に詣で、上田の蔦屋に泊る。

   十六日 布引の観音に詣で、上田の蔦屋に泊。


上田柳町に如毛、原町に雲帯という俳人がいた。

同(信州) 
上田柳町 岡崎平助 如毛

同 
原町 成沢七郎左衛門 雲帯


 文化4年(1807年)11月3日、一茶は上田のわた屋に泊まる。

   三日 晴 上田泊 わた屋泊

『文化句帖』(文化4年11月)

5日、柏原に入る。

 同年11月14日、一茶は長野市川中島町の南原で滝沢可候と別れた。可候は南原まで送ってきたのである。

その日は上田原町の河内屋甚八に泊まる。

   十四日 晴 南原にて可候に別る

雪の山見ぬ日となれば別哉

   上田原町 河内屋甚八泊

『文化句帖』(文化4年11月)

「上田原町」は、現在の上田市中央。

15日、一茶は追分を通り軽井沢へ。

 文化9年(1812年)8月13日、一茶は江戸に出る途中で柳町の藤屋藤吉宅に泊まっている。

柳 町


   十三 陰 パラパラ雨 上田柳町藤屋藤吉泊

『七番日記』(文化9年8月)

「藤屋藤吉」は、今では分からない。

江戸時代の風情を残す町並み


 文化12年(1815年)12月25日、一茶は上田の「扇ヤ団七」へ。

   [廿]五 晴 上田 扇ヤ団七

『七番日記』(文化12年12月)

翌26日、一茶は善光寺町の上原文路宅へ。

 文化13年(1816年)9月25日、一茶は上田の呈蓮寺に入る。

   [廿]五 晴 上田棒山貞(呈)蓮寺ニ入

『七番日記』(文化13年9月)

翌26日、一茶は追分へ。

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