小林一茶ゆかりの地東 京



王子稲荷神社

王子神社から権現坂を下って線路沿いを行くと、王子稲荷神社がある。


王子稲荷神社


享和4年(1804年)2月9日、小林一茶は王子稲荷神社を訪れた。

 心可同参王子稲荷

 東都のうしとらにあたりて、王子いなりとてかいわいこぞりて尊《ふと》める神ありける。けふ梅隣とおなじくかしこに赴く。我わかゝりし時ははにふの小屋のみにして、たまたま老婆の茶を売るありけりしが、年ふりことかはりて、上久たる流れは魚とばしりに濁、鉦がなるかやの臼引唄は糸竹の声変じて、只松風うぐひすのみ昔にかはらざりけり。

 「我わかゝりし時は」とあるが、当時一茶は42歳。若くはなかった。「はにふの小屋」は、小さくそまつな小屋。「とばしり」は、しぶき。飛沫。

蒲公[英](たんぽぽ)に飛くらしたる小川哉

陽炎(かげろふ)によしある人の素足かな

『文化句帖』(享和4年2月)

2月11日、改元。

「よしある人」は、何かわけのありそうな人。

拝 殿


 文化元年(1804年)9月23日、一茶は王子稲荷に行く。

   廿三日 晴 王子行

『文化句帖』(文化元年9月)

 文化10年(1813年)12月2日から10日まで信濃町舟岳で王子稲荷の出開帳があった。

   十 晴 二日ヨリ武州王子稲荷舟竹ニ来テ今日皈

『七番日記』(文化10年12月)

 文化14年(1817年)7月4日、一茶は故郷の柏原に帰る。それ以来、江戸に出て来ることはなかった。

「王子の狐」


春畠を打や王子の狐番

『八番日記』(文政4年9月)

   王子

御年初を申入けり狐穴

『八番日記』(文政4年11月)

年始札まふ(まう)し入けり狐穴

梅塵本八番日記』(文政4年)

狐穴あと


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