一茶ゆかりの地長 野


追分宿

追分浅間神社の前に常夜灯がある。


常夜灯


追分宿は中山道北国街道の分岐点。

 寛政5年(1793年)8月28日、田上菊舎は追分に泊まる。

道まで駕にておくられ、此日は八里追分迄ゆきぬ。若林なにがしといふに舎りけれど、主人留守にてまみえず。朝とく立出るとて

   ぬしもしらでかり寝に夜寒凌ぎけり


 文化4年(1807年)11月15日、一茶は上田から追分を通り軽井沢へ。

   十五日 晴 追分より雨 軽井沢 白木屋清八ニ泊

『文化句帖』(文化4年11月)

 文化6年(1809年)4月7日、一茶は江戸を立ち、7日追分宿に泊まる。

   五[日] 晴 江戸立

   七[日] 雨終日 追分こくや宗左衛門泊 悪宿也

『文化六年句日記』

 文化12年(1815年)9月4日、一茶は故郷の柏原から江戸に出る途中、坂木から追分宿に泊まっている。

   四 晴 追分 小野屋宇八泊

『七番日記』(文化12年9月)

 文化13年(1816年)9月26日、一茶は上田から追分宿へ。

   [廿]六 曇 追分 日野屋平介

『七番日記』(文化13年9月)

これを最後に一茶は江戸に出ることはなかった。

追分の一里手前の秋の暮れ

『七番日記』(文化15年正月)

追分は一里手前ぞ秋の暮れ

追分の一里手前の雲雀哉

『七番日記』(文化15年2月)

追分の一里手前の秋の暮れ

『七番日記』(文化15年7月)

同じ様な句を詠むものだ。

いずれも追分宿で詠んだ句ではない。

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