一茶ゆかりの地


虎杖庵

 しなの鉄道戸倉を出ると、国道18号(北国街道)に平行して曲がりくねった細い道がある。


これが旧北国街道であろう。

小林一茶は北国街道下戸倉宿の虎杖庵に4回ほど訪問、宿泊している。

 虎杖庵は宮本八郎兵衛道孟(みちもと)、通称清吉。古慊・天姥・李翁の別号がある。

 明和8年(1771年)春、加舎白雄は虎杖庵に滞在。

虎杖の弟子平井嵐窓が長楽寺に句碑を建立した。

くもるとはひとの上なりけふの月

 文化5年(1808年)12月10日、一茶は初めて虎杖を訪問したらしい。

   十 雪折々 戸倉虎杖庵ニ入

『文化五・六年句日記』(文化5年12月)

 同年7月9日、一茶は柏原で祖母三十三回忌取越し法要を営んだが、江戸へ帰る途中のことである。

 文化7年(1810年)5月26日、柏原から江戸へ帰る途中で虎杖菴に泊まる。

   廿六 晴 戸倉 虎杖菴 泊

『七番日記』(文化7年5月)

 文化9年(1812年)夏、虎杖は鴫立庵八世庵主葛三を呼び寄せ、虎杖庵二世を継がせた。

 同年6月16日、一茶は柏原に向かう途中で虎杖菴に入る。

   [十]六 晴 戸倉虎杖菴ニ入

『七番日記』(文化9年6月)

 文化11年(1814年)8月3日、一茶は江戸に出る途中で戸倉虎杖に入る。

   三 陰 戸倉虎杖ニ入

『七番日記』(文化11年8月)

 文化9年(1812年)11月14日に一茶が江戸を引き上げて以来、初めての江戸行きである。

 宮本虎杖の息子八郎は舟山と号した俳人、孫清吉郎も真篶(ますず)と号した俳人であった。

 旧北国街道沿いに虎杖菴6世にあたる宮本能武氏の妻さとさんが住んでいた家が残っていた。

宮本さとさんが住んでいた家


 宮本虎杖の資料は戸倉町(現千曲市)に寄贈され、「戸倉郷土館」に展示されている。

今は宮本さとさんは亡くなり、家も取り壊されたそうだ。

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