一茶ゆかりの地千 葉


〜香取神宮〜

 東関東自動車道佐原香取ICを降りてすぐの信号を左折し、県道55号佐原山田線を行く。


香取神宮がある。


 香取神宮の御田植祭は、住吉大社・三重伊雑宮と共に日本三大御田植祭と云われ、広く親しまれてるそうだ。

 寛政3年(1791年)4月5日、小林一茶は香取神宮の御田植祭について書いている。

 けふは香取の御田植とて、此あたりの里々は、餅つき、酒をさゝげて祝ふ。抑(そもそも)此神は、民をやすく住せんとて、豊葦原を伐しづめ給ふ。いく千歳の今にいたりて、感応の月ひかりむなしからんや。

神風のはや吹給ふ稲葉哉


 江戸時代の俳人今泉恒丸(つねまる)が江戸から佐原に移り住んでいて、小林一茶は何度か訪れている。

 文化7年(1810年)9月、恒丸(つねまる)は亡くなる。10月15日、一茶は佐原を訪れ、恒丸(つねまる)の墓参りをする。17日、兄直に案内されて香取神宮に参詣。兄直は香取郡小見川町岡飯田の俳人で、恒丸門。

十七 晴 兄直に引かれて香取社[に]参。

『七番日記』(文化7年10月)

咲く梅の香取は闇の名所哉   恒丸

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