一茶ゆかりの地東 京



亀戸天神社

亀戸天神社に芭蕉の句碑がある。

聖廟900年御忌句碑


しばらくは花の上なる月夜哉

元禄4年(1691年)春、芭蕉48歳の句。

 菅原道眞公の御神忌900年にあたる亨和2年(1802年)2月25日、芭蕉門下の人々が芭蕉100年忌にあわせて建立する。芭蕉の句の他に、雪中庵祖嵐雪、二世雪中庵吏登、三世雪中庵蓼太らの句が刻まれているそうだ。

文化2年(1805年)1月11日、小林一茶は亀戸天神社を訪れている。

聖廟900年御忌句碑が建てられてから3年後のことである。

亀戸天神社


   十一日 晴 亀井天神宮

御桜御梅の花松の月

『文化句帖』(文化2年正月)

「亀井天神宮」は亀戸天神社のこと。

文化5年(1808年)2月25日、再び一茶は松井と亀戸天神社に参詣。

   又二十五日松井と亀井戸天神参

『文化句帖』(文化5年3月)

二月や天神さまの梅の花

『我春集』

文化9年(1812年)10月21日、一茶は松井と亀戸天神社に行く。

   廿一 晴 松井ト亀戸ニ逝

『七番日記』(文化9年10月)

翌文化10年(1813年)5月16日、松井没。享年69歳。

   亀井戸

梅の花庵の鬼門に立りけり

烏帽子きた馬士どのや梅の花

『七番日記』(文化15年正月)

馬士(うまかた)は、亀戸天神社の神馬を引く馬士のことらしい。

   亀井戸

烏帽子きた馬士どのや梅の花

『七番日記』(文化15年2月)

 文化14年(1817年)6月27日、一茶は江戸を立ち、7月4日柏原に入る。

以後、一茶が江戸に出ることはなかった。

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