文化元年(1804年)10月25日、小林一茶は雨十と浅草観音に詣でる。 |
廿五日 雨 与雨十詣浅草観音 |
散木葉ことにゆふべや鳩の豆 木がらしの吹留りけり鳩に人 おく山茶店にて 初紅葉どれも榎のうしろ也 |
『文化句帖』(文化元年10月) |
ながむとて花にもいたし頸の骨 | 宗因 |
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花の雲鐘は上野か浅草か | 芭蕉 |
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ゆく水やなににとどまる乃里(のり)の味 | 其角 |
文化7年(1810年)6月13日の朝、小林一茶は桜井蕉雨と山谷堤から猪牙(ちょき)舟に乗り、浅草寺の鐘の音を聞く。 |
十三 晴 鶏のはらはら時、住吉町を出る。蕉雨、同僕保太郎、同行三人。山野堤より猪牙といふ舟に乗る。 |
観音の晨鐘手に取ばかりに聞 |
涼しさに忝(かたじけな)さの夜露哉 |
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只たのめ山時鳥初松魚(がつを) 一茶 |
『七番日記』(文化7年6月) |
目には青葉山ほとゝぎす初がつほ 素堂 |
猪牙(ちょき)舟は江戸時代、市中の水路で大量に使われた一人あるいは二人漕ぎの屋根のない船で、舳(みよし)が長く船足が速い。吉原の遊び客の足として盛んに用いられた。山谷船。 |
小菅川に入。左右合歓の花盛り也。 |
古舟もそよそよ合歓のもやう哉 |
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遠くからくゝり支度や竹の露 |
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向の木合歓の仲間の花らしや [蕉]雨 |
『七番日記』(文化7年6月) |
十月やうらからおがむ浅草寺
『七番日記』(文化12年10月) |